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← ボヘミアとモラヴィア:ひとつの国、ふたつの魂

モラヴィアへようこそ! はじめての出会い

あなたはプラハから来た学生です。ブルノ中央駅(Brno hlavní nádraží)で列車を降り、スーツケースを引いて寮へ向かいます。廊下で男子学生が声をかけてきました。„Čau! Odkud si? Potřebuješ pomóct?“ 思わずまばたき。単語はぜんぶ分かった、ような気がする。でも何かが違います。母音はまるく、メロディーも違う。それに、自分ならvodkud sešと言うところを、どうして彼はodkud siと言ったのでしょう。

今度は逆の立場です。モラヴィアの女子学生がプラハにやって来て、道をたずねると、こう返ってきます。„Jo, to je dobrej kousek. Vod tady doleva a pak rovně, hele.“ 彼女は顔をしかめます。dobrej? 彼女の地元ではdobrý。すっきりと正しい、チェコ語本来の響きのはずの形です。それにodではなくvod。プラハの人はどうして何にでもvをくっつけるのでしょう。

これがチェコでいちばん深い言葉の境目です。標準語か口語か、ではありません。ボヘミアかモラヴィアか、です。ふたつの地方、ひとつの言語、そして「自分らしく話す」ためのまったく違うふたつの響き。ボヘミアの口語(obecná čeština)はテレビや映画、ポップカルチャーを席巻しています。一方、モラヴィアの方言は家庭や居酒屋、そして人々の心の中で静かに生き続けています。よその人には見えにくくても、話し手たちはそれを大切に守っています。

この最初のレッスンでは、チェコ人なら会話の最初の5秒で気づく違いを聞き分けられるようにします。あいさつ、母音、そして「私は向こう側の出身です」と告げる微妙なメロディーです。

あいさつと最初のひとこと

Bohemian Czech (Obecná)Moravian CzechMeaning
Čau!
/t͡ʃau̯/

イタリア語の „ciao“ から。プラハでもブルノでも、国じゅうで使われるごく普通のくだけたあいさつで、会ったときにも別れるときにも使います

Čau! / Zdar!
/t͡ʃau̯/ /zdar/

モラヴィアの人も „čau“ をまったく同じくらい使います。„Zdar“(„nazdar“ を縮めた形)もどこでも聞かれ、地域の目印にはなりません。古い „Zdař Bůh“ は別物で、炭鉱夫のあいさつです。オストラヴァの炭田地帯では今も生きています

「やあ!」(くだけたあいさつ)
Ahoj!
/ahoj/

チェコ全土で使われるあいさつ。ただしボヘミアでは、丁寧な言い方と „čau“ の中間にある「無難な」選択肢という位置づけです

Ahoj! / Servus!
/ahoj/ /sɛrvʊs/

„Ahoj“ も使います。„Servus“(ラテン語で「お仕えします」、オーストリアのドイツ語経由)はブルノと南モラヴィアでいちばんしっくりきますが、ボヘミアの年配の人も知っています。境界線というより、地方の味わいです

「こんにちは!」(どこでも使えるくだけたあいさつ)
Nazdar!
/nazdar/

もとはソコル(体操運動)のあいさつ。ボヘミアでは少し古めかしいものの親しみのある響きで、ご近所さんへのあいさつのような感じです

Nazdar! / Dobrý den!
/nazdar/ /dobriː dɛn/

„Nazdar“ はモラヴィアでも普通に使われます。モラヴィアの人はくだけた場面でも „Dobrý den“ をきちんと言う傾向が少し強い、と感じるチェコ人は多いのですが、それは印象であって、どの会話でも聞き取れる決まりではありません

「こんにちは!」(やや改まった、古風な言い方)
Jak se máš? / Jak je?
/jak sɛ maːʃ/ /jak jɛ/

くだけた会話では „Jak je?“(どう?)と短くなります。これはプラハでもブルノでも同じです。プラハの人は何でも縮めるとからかわれますが、それは固定観念であって方言の特徴ではありません

Jak se máš? / Jak sa máš?
/jak sɛ maːʃ/ /jak sa maːʃ/

モラヴィア東部(ヴァラシュスコ地方、スロヴァーツコ地方)では „se“ が „sa“ になり、スロヴァキア語へと続くグラデーションが見えます。オストラヴァ周辺のラフ方言では母音の長短の区別がまったくなくなり、„Jak se maš?“ と短い a で聞こえます

「元気?」(くだけた言い方)
vole
/volɛ/

プラハでもブルノでも使われる万能のつなぎ言葉です。地域ごとの「響き」の違いは、主に互いをどう聞くかの問題です。モラヴィアの人はプラハの言い方を速くて平板だと言い、プラハの人は逆に „vóle“ と伸ばす話し方でまねされます

vole
/volɛ/

同じ言葉でも、多くのチェコ人の耳にはあたたかい節回しに聞こえます。モラヴィア東部の話し方は一般に「歌うよう」だと感じられています。ただしこれは印象であって、測定された規則ではありません。記録のある地域的なリズムは、オストラヴァ周辺のラフ方言のものです。アクセントが後ろから2番目の音節に来て、長母音がありません

「おい」「なあ」/ 口ぐせの間投詞(チェコ全土)
Jo / No
/jo/ /no/

„Jo“(うん)と „No“(まあ/うん)はボヘミアの人の口ぐせです。„no“ は英語の no と同じつづりなので、「いいえ」だと思って戸惑う外国人が少なくありません

Hm / Jasně / No
/hm/ /jasnɛ/ /no/

„No“ はモラヴィアでもボヘミアと同じくらい使われ、„Jasně“(もちろん)や „Hm“ も同様です。どれも出身の手がかりにはなりません。本当にモラヴィア的なのは小詞 „tož“(じゃあ、さて)のほうです

「うん」「そう」(あいづち・肯定)

出身がばれる音

Bohemian Czech (Obecná)Moravian CzechMeaning
dobrej
/dobrɛj/

ボヘミアを象徴する、形容詞語尾の ý→ej の変化。„dobrý“ は „dobrej“ に、„malý“ は „malej“ になります。ボヘミアの言葉だといちばんすぐに分かる目印です

dobrý
/dobriː/

モラヴィア東部(スロヴァーツコ地方、ヴァラシュスコ地方)は古い ý を保っていて、教科書で学んだ人には「正しく」、プラハっ子には古風に聞こえます。ただしモラヴィアも一様ではありません。ハナー地方では同じ語が „dobré“(ý→é)、オストラヴァ周辺のラフ方言では短い „dobry“ になります

「よい」(男性・単数・主格):ý→ejテスト
krásnej
/kraːsnɛj/

ý→ej の変化は形容詞の語尾だけではありません。語幹の中の ý にも及びます。„být“→„bejt“、„mýdlo“→„mejdlo“、„výborný“→„vejbornej“

krásný
/kraːsniː/

モラヴィア東部は長い ý を保っています(ハナー地方では „krásné“)。東部の人が „krásnej den“ と聞けば、その ej だけで「ボヘミアの人だ」と分かります

「美しい」(男性・単数):長い語の中の ý→ej
mlíko
/mliːko/

é→í の変化:„mléko“→„mlíko“、„létat“→„lítat“、„polévka“→„polívka“。ボヘミアの日常会話ではごく普通で、悪い印象もありません

mléko
/mlɛːko/

モラヴィア東部(スロヴァーツコ地方、ヴァラシュスコ地方)は古い é を保ち、„mléko“、„polévka“ と言います。ラフ方言では短い „mleko“ です。一方、モラヴィア中部は違います。ハナー地方とブルノ周辺は é→í の変化をボヘミアと共有していて、やはり „mlíko“ と言います。つまり „mléko“ は「モラヴィア」ではなく「東部」を示す手がかりです

「牛乳」:é→íテスト
vokno
/vokno/

語頭の o- の前に付く添加音 v-。„okno“→„vokno“、„on“→„von“、„otevřít“→„votevřít“。ボヘミアの口語ではどこでも聞かれ、プラハの話し方で最もよくまねされる特徴のひとつです。ただしボヘミアとモラヴィアの昔の境界で止まるわけではなく、ブルノ周辺やハナー地方西部でも „vokno“ と言います

okno
/okno/

モラヴィア東部(スロヴァーツコ地方、ヴァラシュスコ地方)、ハナー地方東部、ラフ方言では v- なしの „okno“ です。ブルノでも „vokno“ と言うので、v- だけで分かるのは「東部の人ではない」ということで、「ボヘミアの人だ」ということではありません

「窓」:語頭のv-テスト
vod
/vot/

前置詞にも v- が付きます。„od“→„vod“、„on“→„von“。„Vod tady“(ここから)はボヘミアじゅうで聞かれる日常の口語です

od
/ot/

モラヴィア東部とラフ方言では素直に „od“ です。ただしブルノでは „vod“ も聞かれます。添加音 v- はモラヴィア中部まで届いているからで、v- がまったくないのは東部だけです

「〜から」:語頭のv-のもうひとつの例
pomoct
/pomot͡st/

ボヘミアでは不定詞の最後の -i がよく落ちます:„pomoci“→„pomoct“、„říci“→„říct“。歯切れよく、効率的な話し方です

pomóct / pomůct
/pomoːt͡st/ /pomuːt͡st/

モラヴィアの地域的な話し方では、母音を伸ばして „pomóct“ と言ったり、„pomůct“ と言ったりします。村ごとに違うので、これだけで出身を判断する確かな目印というより、地方色と考えてください

「手伝う」 - 母音の長さ
Vodkud seš?
/votkut sɛʃ/

ボヘミアの目印が二重に入っています。添加音 v-(„odkud“→„vodkud“)と、„jsi“(きみは〜だ)の口語形 „seš“ です。ただしハナー地方の人も „seš“ と言います

Odkud si?
/otkut sɪ/

添加音 v- がなく、„si“ と言っています。„si“ は誰もが発音するとおりの „jsi“ そのものです。標準の発音でも j- は発音しないからです。出身を示すのは、ボヘミアの人やハナー地方の人なら言う „seš“ を言わなかったことです。「きみは〜だ」の意味の „si“ はモラヴィア東部でふつうです

「どこから来たの?」:ひとつの質問にふたつの目印
♪

多くのモラヴィア人はプラハの話し方を平板でぶっきらぼう、早口だと言い、プラハの人は逆に長母音を間延びさせるとまねされます。どちらも測定された規則ではありません。互いをどう聞いているか、と受け止めてください

♪

ボヘミアの人はモラヴィアの話し方、とくに東部の話し方を「歌うよう」(zpěvavá)とよく言います。広く共有された印象ですが、記録された規則ではありません。記録のある地域的な韻律は、オストラヴァ周辺のラフ方言のものです。アクセントが後ろから2番目の音節に来て、長母音がまったくありません

イントネーションの型:話し言葉の「音楽」

なぜプラハでは ej、モラヴィアでは ý なのか? ボヘミアの母音変化

話は15-16世紀にさかのぼります。当時、プラハは揺るぎないボヘミア王国の中心でした。この時期、プラハと中部ボヘミアの話し言葉で、長母音 /iː/(つづりは ý)が /ɛj/ へと二重母音化しはじめます。これは自然な音声変化でした。舌の位置がずれ、母音がわたり音へと「割れた」のです。英語でも似たことが起きています(中英語の /iː/ が現代英語の 「time」 などで /aɪ/ になったのと比べてみてください)。

フス派運動(1419-1434年)によって、プラハはすでにボヘミアの思想と言葉の中心になっていました。フス派以後の時代、プラハのチェコ語は大きな威信を得ます。ý→ej の変化は、交易や行政、文化の影響を通じてプラハからボヘミア全体へ広がりました。けれども、広がりには自然な限界がありました。ボヘミアとモラヴィアを隔てる山並みと森、そしてモラヴィア独自の行政の中心(オロモウツ、のちにブルノ)があったため、この新しい変化がモラヴィアに完全に入り込むことはなかったのです。

モラヴィアには独自の政治生活もありました。ボヘミア王冠領のひとつでありながら、別の領邦だったのです。モラヴィア辺境伯領には独自の領邦議会、独自の領邦裁判所と土地台帳があり、中心地はオロモウツとブルノでした。そして交易と、1526年以降はハプスブルク家の君主たちとが、モラヴィアをプラハと同じくらいウィーンの方へも引き寄せていました。プラハの新しい変化を取り入れる圧力はなかったのです。

é→í の変化(„mléko“→„mlíko“)と、語頭の o- の前に付く添加音 v-(„okno“→„vokno“)もボヘミアから始まりましたが、昔の国境よりも東まで届きました。ハナー地方やブルノ周辺でも „mlíko“ と言い、ブルノ周辺とハナー地方西部では „vokno“ や „von“ が聞かれます。さらにハナー地方は ý の変化を独自に経て、ej を é に平らにしました(„dobré“)。„mléko“、„okno“、„dobrý“ を保ったのは、モラヴィア東部(スロヴァーツコ地方、ヴァラシュスコ地方)とラフ方言だけです。言語の境界は一本の線ではなく、何本もの線の束なのです。19世紀の民族再生運動の担い手たちが標準チェコ語を成文化したとき、古い書き言葉の形(ý、é、添加音 v- なし)を採用しました。だからこそ、とりわけモラヴィア東部の話し方が、ボヘミアの話し方よりも文語の標準に近く聞こえるのです。

ブルノに着いたら:第二の都市の言葉への誇り

ブルノはプラハではありません。これは不満ではなく、アイデンティティの宣言です。チェコ第二の都市(人口約40万人、さらに数万人の学生がいます)は、何十年もかけて自らを「アンチ・プラハ」と位置づけてきました。よりあたたかく、よりおもしろく、気取らず、モラヴィアのルーツを強く誇りにしている街です。あなたがpo pražsku(プラハ風)に、ejやvだらけで話しながらやって来ても、地元の人が敵意を見せることはありません。でも、ちゃんと気づきます。そして、気づいたことを教えてくれます。

返ってくるのはたいてい冗談です。„Ty seš z Čech, co? Poznám podle toho, jak říkáš 'dobrej'.“(「ボヘミアから来たんでしょ? 『dobrej』の言い方で分かるよ」)。モラヴィアの人は、違う響きで話すことを心から誇りにしています。旋律的なイントネーション、保たれた母音。これらは欠点ではなく、この地方のワインや民族衣装、cimbálová muzika(ツィンバロン楽団)と同じくらい大切なアイデンティティの目印なのです。

この誇りは根深いものです。チェコのメディアや映画、政治はプラハが握っていますが、モラヴィアの人たちには、自分たちのほうが「よりよい」、少なくともより古い形を保ったチェコ語を話しているという静かな自信があります。なかば冗談でこんな自慢を耳にすることもあります。„Moraváci mluví líp než Pražáci - koneckonců, spisovná čeština zní víc jako na Moravě.“(「モラヴィア人のほうがプラハっ子より言葉がきれいだ。なにしろ標準チェコ語はモラヴィアの言葉に近く聞こえるんだから」)。言語学的には半分だけ当たっています。ý と é については、モラヴィア東部の話し方が成文化された形と一致します。一方、„dobré“ や „móka“ と言うハナー地方は、プラハよりも標準形から遠いのです。

文化の違いは言葉だけにとどまりません。ボヘミアはビールの国、モラヴィアはワインの国。プラハはクールで控えめ、モラヴィアはあたたかく人なつこい。モラヴィアの人にもてなされると、荷物を下ろす前からburčák(発酵途中の若いワイン)やslivovice(プラムのブランデー)をすすめられるでしょう。言葉のあたたかさと文化のあたたかさは、ぴたりと重なります。すべてがひとつのセットなのです。

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