目を閉じて、列車のコンパートメントで話しているふたりのチェコ人を思い浮かべてください。姿は見えません。それでも30秒もすれば分かります。ひとりはプラハの人、もうひとりはボヘミア・モラヴィア高地より南のどこかの人だと。どうして分かるのでしょう? 話の中身ではなく、その響きで分かるのです。
ボヘミアの人の耳には、モラヴィアの話し手の声がゆるやかな波のように上がったり下がったりして聞こえます。ボヘミアではそれをzpěvavá mluva(歌うような話し方)と呼び、親しみを込めることもあれば、にやりと笑いながらのこともあります。モラヴィアの人の耳には、プラハの話し手のほうが平板で歯切れよく聞こえます。これらは印象ですが、母音は事実です。スロヴァーツコ地方の人は小麦粉をmúkaと言い、プラハっ子はmoukaと言います。malýと言うところを、プラハっ子はmalejと言います。
ここに言語学者が大好きなパラドックスがあります。モラヴィア東部の方言は、チェコ語の古い長母音をいくつも保っているのです。14世紀末から16世紀にかけての音変化の波で、ボヘミアが作り変えてしまった母音です。スロヴァーツコ地方の人がmúkaやdobrýと言うとき、その母音は中世のチェコ語と同じ響きをしています。プラハは先へ進み、モラヴィア東部は覚えていた。そしてハナー地方は、あとで見るように、独自の道を進みました。
このレッスンは、こうした違いを聞き取る耳を鍛えるためのものです。終わるころには、母音だけで話し手の出身を言い当てられるようになるでしょう。
| Bohemian Czech (Obecná) | Moravian Czech | Meaning |
|---|---|---|
mouka /mou̯ka/ボヘミアでは古い長母音 ú が二重母音 ou になりました(„múka“→„mouka“)。書き言葉が受け入れたボヘミアの二重母音はこれだけなので、ここではプラハの話し言葉と標準語が一致します | múka / móka /muːka/ /moːka/モラヴィア東部(スロヴァーツコ地方、ヴァラシュスコ地方)は古い長母音 ú を保っています。スロヴァキア語と同じく „múka“ です。ハナー地方はいったん二重母音を経て、それを ó に平らにしました。„móka“ です | 小麦粉 |
s dobrou vodou /z dobrou̯ vodou̯/同じ ú→ou の変化は語尾にも及んでいます。女性造格の -ou は古チェコ語の -ú にさかのぼります。ここではボヘミアの話し言葉と標準語が同じ響きです | s dobrú vodú / s dobró vodó /z dobruː voduː/ /z dobroː vodoː/スロヴァーツコ地方とヴァラシュスコ地方は古い -ú を保ち(„s dobrú vodú“)、ハナー地方は -ó です(„s dobró vodó“)。ハナーの人をネタにした冗談で、チェコ人なら誰でも知っている、あのまるいハナーの ó です | よい水で(女性名詞・造格) |
bejt /bɛjt/ý→ej の変化は語尾だけでなく、語幹の中でも起きます。„být“→„bejt“、„mýdlo“→„mejdlo“、„výlet“→„vejlet“ | být / bét /biːt/ /bɛːt/モラヴィア東部は古い ý のまま „být“ と言います。ハナー地方は „bét“ と言います。この é は、ボヘミアの ej をひとつの長母音に平らにしたものです | 〜である(不定詞) |
malej /malɛj/有名な ý→ej の変化。ボヘミアの口語(„obecná čeština“)を象徴する音そのものです | malý /maliː/モラヴィア東部は長い ý を保ちます。ハナー地方では „malé“(ý→é)、オストラヴァ周辺のラフ方言では短い „maly“ になります | 小さい(男性・単数) |
dobrej /dobrɛj/ボヘミアの話し言葉では、-ý で終わる男性形容詞がすべて -ej になります。„dobrý“→„dobrej“、„velký“→„velkej“、„hezký“→„hezkej“ | dobrý /dobriː/モラヴィア東部の人はごく自然に „dobrý“ と言います。ej への変化は届きませんでした。ハナー地方ではこの語は „dobré“ で、これはハナーの衣装をまとった ej の変化です | よい(男性・単数) |
mlíko /mliːko/語根の母音に起きるボヘミアの é→í の変化。„mléko“→„mlíko“、„létat“→„lítat“ | mléko /mlɛːko/モラヴィア東部はもとの é を保ちます(ラフ方言では短い „mleko“)。ここでは東部の話し手が書き言葉の標準と一致します。ハナー地方とブルノ周辺は違い、é→í をボヘミアと共有しています(„mlíko“) | 牛乳 |
polívka /poliːfka/é→í のもうひとつの例。プラハでさえメニューに „polívka“ と書いてあるのを見かけるほど広まっています | polévka /polɛːfka/モラヴィア東部は標準語の é を保ちます。日常会話でいちばん聞き取りやすい東部の目印のひとつです。ブルノ周辺やハナー地方では、ボヘミアと同じく „polívka“ と言います(ハナー地方中部では i が短くなります) | スープ |
dobrej, mouka, mlíko /dobrɛj/ /mou̯ka/ /mliːko/ボヘミアの話し言葉は長母音を短くするのではなく、形を変えるのです。ý→ej、ú→ou、é→í。長い á、í、ů は長いままです | dobrý, múka, mléko /dobriː/ /muːka/ /mlɛːko/モラヴィア東部はこれらの長母音をもとのまま保っています。ただし「モラヴィアは長さを保つ」というのは話の一部にすぎません。ハナー地方には独自の é と ó があり(„dobré“、„móka“)、オストラヴァ周辺のラフ方言は母音の長短の区別そのものを失っています | 母音の長さ全般 |
14世紀末から16世紀にかけて、ボヘミアのチェコ語は連鎖的な母音変化を経験しました。英語の大母音推移とほぼ同じ時期です。長い ú は二重母音 ou になり(múka → mouka)、長い ý は ej へとずれ(malý → malej、být → bejt)、長い é は í へと狭まりました(mléko → mlíko)。古チェコ語の ó も同じ時期に ů になりました(kóň → kůň、vóz → vůz)。書き言葉の標準も ů を採用したので、今日の違いには関係しません。
これらの変化はプラハと中央ボヘミアから広がり、書き言葉はそれを不平等に扱いました。ou は標準に取り入れられ(mouka)、ej と í は口語にとどまりました。東へ向かう波は、一本の線で止まったわけではありません。モラヴィア西部の移行方言はすべてを受け入れました。オロモウツ周辺のハナー地方とブルノ周辺は ý → ej と ú → ou、さらに é → í(mlíko)も受け入れました。手つかずで残ったのはモラヴィア東部(スロヴァーツコ地方、ヴァラシュスコ地方)とラフ方言だけです。
とはいえ、モラヴィアがただ立ち止まっていたわけではありません。中部モラヴィアのハナー地方は二重母音を経たうえで、それを平らにしました。ej は é に、ou は ó になったのです(dobré、móka、s dobró vodó)。古い長母音を保ったのはモラヴィア東部、つまりスロヴァーツコ地方とヴァラシュスコ地方です。dobrý、múka、s dobrú vodú。オストラヴァ周辺のラフ方言はさらに別の道をたどり、母音の長短の区別そのものを失いました。
英語と比べてみましょう。大母音推移は中英語の「hūs」を「house」に変えましたが、スコットランド語は「hoose」を保ちました。同じように、スロヴァーツコ地方の人は今も、プラハでmoukaと言うところをmúkaと言います。都が変えたものを、地方が保つ。ただし、決してひとつの均一なかたまりとしてではありません。
| Bohemian Czech (Obecná) | Moravian Czech | Meaning |
|---|---|---|
vokno /vokno/o- の前に付く添加音 v-。„okno“→„vokno“、„on“→„von“、„ona“→„vona“。ボヘミアの口語ではどこでも聞かれ、モラヴィア中部まで続いています。ブルノ周辺とハナー地方西部でも „vokno“ と言います | okno /okno/モラヴィア東部(スロヴァーツコ地方、ヴァラシュスコ地方)、ハナー地方東部、ラフ方言は v- なしの „okno“ を保ちます。ここでは東部の話し手が標準と一致します。ブルノ周辺では „vokno“ が聞かれます | 窓 |
von / vona /von/, /vona/添加音 v- は代名詞でいちばん規則的です。„von“、„vona“、„voni“、„vono“ と一式まるごと変わります。ボヘミアでもブルノ周辺でも同じです | on / ona /on/, /ona/モラヴィア東部とラフ方言ではそのまま „on“、„ona“ です。プラハで „von“ でなく „on“ と言う人は東部出身かもしれませんが、ブルノ出身の人はプラハっ子と同じく „von“ と言うこともあります | 彼/彼女(代名詞) |
Tak jo, ve tři u kina. 多くのモラヴィア人はボヘミアのイントネーションを平板で文末が下がるものと聞き、「事務的」あるいは「冷たい」と言います。広く共有された印象ですが、測定された規則ではありません | Tak jo, ve tři u kina. ボヘミアの人は、モラヴィアの話し方、とくに東部の話し方を、句の中で音の高さがよく動くと聞きます。それが彼らの言う „zpěvavá“(歌うような)です。これも記録された方言の特徴というより印象です。記録があるのはラフ方言の韻律で、アクセントが後ろから2番目の音節に来ます | 文のイントネーション/メロディー |
děti, tělo, nic /ɟɛcɪ/ /cɛlo/ /ɲɪt͡s/硬口蓋破裂音 ď、ť、ň。舌を硬口蓋につけて発音し、標準の発音と同じです | děti, tělo, nic /ɟɛcɪ/ /cɛlo/ /ɲɪt͡s/モラヴィアでも同じ音です。地域差が出るのはここではないので、聞き分けようとしなくて大丈夫です。母音と、語の境目での有声化のほうがずっと多くを教えてくれます | 軟子音 ď、ť、ň |
ř /r̝/舌を持ち上げて震わせる歯茎ふるえ音。世界でもきわめて珍しい音のひとつで、ボヘミアをはじめ、チェコ語圏のほぼ全域で使われます | ř /r̝/モラヴィアにもあります。ブルノからズリーンまで。例外は東の端で、ポーランド国境に近い一部のラフ(シレジア)方言では、ポーランド語の rz が ż と同じ音になったのと同じように、ř が ž/š のような音に置き換わります | 子音 ř |
prst, vlk /pr̩st/, /vl̩k/チェコ語で有名な、子音だけの音節。r と l が母音の役目を果たします。ボヘミアではどこでも同じです | prst, vlk /pr̩st/, /vl̩k/モラヴィアでもまったく同じです。音節を担う子音はチェコ語全体の特徴で、地域差はありません。ヘプからオストラヴァまで、オオカミはどこでも „vlk“ です | 音節を担う r と l(例:„prst“、„vlk“) |
jak on, s mámou /jak on/ /s maːmou̯/休止の前では、チェコ語のどこでも語末の子音が無声化します(„led“ [lɛt]、„dub“ [dup])。母音や m、n、l、r の前では、ボヘミアの話し手は無声のまま発音します。„jak on“ [jak on]、„s mámou“ [s maːmou̯] | jak on, s mámou /jaɡ on/ /z maːmou̯/モラヴィア東部、ハナー地方の東半分、ラフ方言では、この位置の子音を有声で発音します。„jak on“ [jaɡ on]、„s mámou“ [z maːmou̯]、„k oknu“ [ɡ oknu]。ブルノ周辺はボヘミアと同じく無声のままです。休止の前の無声化はどこでも同じで、違いは語と語のつなぎ目にあります | 語の境目での有声化 |
チェコの社会では、なまりはすぐに分かるアイデンティティの目印として働きます。郵便番号より強力で、名字より親密です。大学進学でプラハに来たモラヴィアの若者は、自分の話し方が話題にされることをすぐに知ります。„Ty máš tak roztomilý přízvuk“(「なまりがかわいいね」)。見下した響きのあるほめ言葉です。裏の意味ははっきりしています。そのなまりがあなたをよそ者、つまり「地方」の人だと示している、ということです。
逆のことも起こります。ブルノやオロモウツを訪れたプラハっ子は、„Ty zníš tak studeně“(「話し方が冷たいね」)とか„Mluv normálně“(「普通にしゃべってよ」)と言われます。モラヴィアの人にとって、平板な話し方と二重母音化した母音をもつプラハのなまりには、あたたかさも音楽もないのです。
ここから、社会言語学的にとても興味深い現象が生まれます。コードスイッチングです。プラハに暮らす何千人ものモラヴィアの人が、ふたつの話し方を身につけます。職場でプラハの同僚と話すときは„von říkal, že to byl dobrej film“。純粋なボヘミアの口語(obecná čeština)です。けれども実家に電話したり、居酒屋で同郷のモラヴィア人を見つけたりした瞬間、切り替わります。„on říkal, že to byl dobrý film“。本来の母音、本来のメロディーに戻るのです。意識してそうする人もいれば、切り替えにまったく気づかない人も大勢います。標準語と方言を場面に応じて使い分ける、という経験がある人なら、思い当たるところがあるかもしれません。
チェコのメディアは、プラハの発音を事実上の標準として広めてきました。テレビのニュースも、ラジオも、吹き替えのスタジオも、圧倒的にプラハに集まっています。全国の子どもたちは、ボヘミアの口語(obecná čeština)を娯楽と権威と現代性の声として聞きながら育ちます。それでも郷土への誇りは今も強く、とくに南モラヴィアでは、モラヴィアのなまりはワインや民俗芸能や歌と切り離せない名誉のしるしとして、堂々と身につけられています。
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